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不定期ですが、山佐木材の日々の出来事をご紹介しています。

(こちらのページには最新記事10を掲載)

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「山神祭」を行いました

 

 平成31年2月20日(水)、本年度三回目の 「山神祭」(やまんかんまつり)を行いました。
「山神祭」は全国で実施されているようですが、山佐木材では、旧暦の正月、五月、九月の十六日を基本に実施しており、会社年度としては今回が締めくくりの回となりました。


 今回も、料理、買出し、会場設営等、仕事そっちのけ?で準備し、17時半には神棚前で安全祈願を済ませて、事務所2階に集まりました。

 

 

 今回の司会は、建設部工務チームの小松賢司さんがつとめてくれました。

 

 文化委員歴も長く落ち着いた味のある司会ぶりで、盛り上げ役に徹してくれました。お疲れ様でした。

 

 

 山神祭に際しまして、ご協力いただいている会社の皆様から、ビールや焼酎、お酒などたくさん差し入れていただきました。この場を借りて御礼申し上げます!

 

 また、この日ご来社されていてご参加いただいた株式会社竹中工務店様、並びに、鹿児島市より駆けつけて下さいました株式会社シンケン様にご臨席賜りました。
 この場をお借りして、改めまして厚く御礼申し上げます。



株式会社シンケン様からは、鹿児島で長年親しまれている銘菓「金生饅頭」のお土産をたくさん頂戴しました。社員みんなで美味しくいただきました。

 

ありがとうございました。

 

 

「乾杯!」
 料理が毎回の楽しみになっている山神祭。今回も、山佐木材シェフの皆さんが腕によりをかけて大活躍してくれました。

 

 今夜のメニューは、社長からは「チャーハン」、「ローストポーク」と「豚汁」です。前回に続き大好評で「スタミナたっぷり!」と、あっという間に売り切れてしまいました。

 前田部長からは「タンドリーチキン」と「ポテトサラダ」です。山神祭のスタンダードメニューとして好評頂いております。

 そして中島君からは「とんこつラーメン」と「チャーハン」です!この日のため数週間前から試作を重ねてきたそうで努力に脱帽しました。お店顔負けの本格スープと自慢のチャーシュー。「行列の出来るラーメン屋さん」となり終わった後、中島君の素晴らしい笑顔が印象的でした。急遽サポートでラーメン店の店員役になってくれた社員の方々の協力も感謝!

 他、女性陣による「おにぎり」などなど、美味しそうな料理が並びました。

 


 

 山神祭の恒例、ニューフェイスの紹介。今回は4名です。初めての山神祭は、存分に楽しんでもらえたでしょうか?

総務経理部 森さん
総務経理部 森さん
製材部 柳井谷さん
製材部 柳井谷さん
集成材部 出口さん
集成材部 出口さん
建設部 髙倉さん
建設部 髙倉さん


 山神祭は、部門や年齢を超えて、社員同士のコミュニケーションも育む場となっています。
 今回は翌日が出勤日ということもあり、いつもより早く19時半過ぎには本締めを行いました。 (残って後片付けいただいた皆さん、翌日片付けてくださった皆さん、ご協力ありがとうございました)

 

 これからの4月の決算に向けてチームワークと鋭気を高める為の良い夜となりました。

 全社一丸体制となり、安全と健康第一で事故の無いように努めて参ります。

(T口田)

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M田部長のぶらり肝付町の旅・歴史の旅にお供する その3

 啓蟄が過ぎました。まちを囲む山を見回すと、あちらこちらに白い山桜が咲き、深まる春を実感させてくれます。

 さて、今年正月、Hさんにお供して、波見、唐仁地区を歩いて中世のあたりを旅し、歴女ならぬ歴爺の仲間に入ってしまいました。この地をはぐくんできた歴史やその成り立ちを、これまで何も知らなかったことを少し反省しながら、ぶらりを続けております。

 前回までの中世から一気に、4~5世紀・古墳時代に遡ります。しかし、場所は前回と同じ東串良町唐仁地区。ここには国指定史跡「唐仁古墳群」として、大小130基あまりの古墳が集中しているのです。その中心に位置し、最大規模を誇るのが大塚神社として祭られている「第1号古墳」(大塚古墳)です。

 

 

 鳥居のうしろにある森が、長径が185mほどもある県下最大、九州でも3番目に大きな前方後円墳なのです。後円部の高さは現在11mほど、建造時はそれ以上あったといわれています。

 海抜5~7mの平地の上に、これほど大きな規模のお墓。このことは、その時代に一大土木事業を実施できる絶大な経済力と支配力を持った一族が存在したことの証でしょう。

などと思いを馳せながら鳥居をくぐり、まずは、古墳の周囲(堀だったのか)をぐるりと歩いてみました。

 

 

 そこは、大きく枝を張り出した楠や椎の巨木がしっかりと根を張って、隙間なく杜(もり)を形作っています。そして、その林床はみごとに清掃されており、地域の方がたのこの神社(古墳)に対する畏敬の思いが伝わってきます。

 参道に戻り、真北に進むと後円部に鎮座する社殿へ登る階段が見えてきます。

 

 

 この階段がいい。緑の苔に覆われた石段は、長い歴史の中で擦り減り、その踏みしろはわずか15cmと驚くほど狭いのです。これは足元をしっかり見ながらゆっくりと参詣するための仕掛けなのかなと思わずにはいられません。

 

 社殿からは真南に唐仁の目抜き通りを経て、国見連山を望むことができました。その時代海抜13m程度といえば、肝属平野に視界を遮るものは何もなく、この地全方位を見回せる場所であったことでしょう。もちろん、ここには特別な人しか登れなかったはずです。

 

 ここに建つ正月飾りの注連縄は社殿を背にしていることに気づき、何か特別の理由があるのではないかなどと、歴史の妄想にふけってしまうのであります。

 

 

 今回のお供でこの地域の歴史に触れることができ、旧友Hさんに感謝しつつ、機会があればもっと歴史の想像にふけってもいいなと思いつつ。

 (次は山へ行こうか?M田)

 

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WOOD コレクション『モクコレ2019』に初出展しました

 

 こんにちは。CLT部の西牧(にしまき)です。

1月29日火曜日と30日水曜日の二日間 東京ビッグサイトで開催されました東京都主催の『モクコレ2019』に初出展して参りました。

 

 モクコレは日本各地の地域材を活用した建材や家具などの製品を、東京での木材利用の拡大を目指し開催されている展示会で、今回は40都道府県が参加し各地域を代表する木製品が数多く並べられ、会場は終始大盛況でした。

 

 私共は鹿児島県チームとして、鹿児島県木材協会連合会様主導の下、奥建具様(家具・建具)、クリスタル鹿児島様(不燃注入木材)、黒松製材建設様(住宅メーカー)、さつまファインウッド様(国産2×4材製造)、ドリーミー大和様(造作材メーカー)と一緒に鹿児島の優秀な木材を一生懸命PRして参りました。

 

 会場が東京ということもあり、今回は弊社の強みである大型木構造体のモックアップは実現出来ませんでしたが、CLTやSAMURAI集成材等の模型やサンプル、パネル展示などを行い、ご来場いただきました方々に大変多くご興味を持って頂きました。

 

 

 一日目(29日)の開会式では、東京都の小池都知事も出席され、大都市東京での木材需要の拡大について発言され、今後の木材業界の大きな期待を膨らませつつ、身の引き締まる思いで2日間の展示会をしっかりとPR致しました。 

 

 

ご来場して頂きました皆様、各ブースのご担当者の皆様、また主催されました関係者の皆様、

本当にありがとうございました。 

  

(CLT部 西牧)

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『アイラブホームフェア2019』に初出展しました

 

 こんにちは。CLT部の西牧(にしまき)です。

 1月19日(土)と20日(日)の二日間、マリンメッセ福岡で開催されました、越智産業様主催の『アイラブホームフェア2019』に初めて出展して参りました。

 

 今回の弊社展示内容は、CLTをメインとした接合部模型と、鉄骨構造高層ビルの床にCLTを採用した1/15スケールの構造模型を展示し、PR致しました。

 

 展示会は大盛況で、弊社ブースにも数多くの方に足を運んでいただき、CLTや木材産業の新たな可能性に

ついて色々なお話を頂きました。

 

 

 地元九州ということもあり、木材産業の皆様からはたくさんの言葉を頂きましたが、中でも『九州を代表して頑張れ』などの励ましの言葉も頂、うれしくもあり身の引き締まる思いで今後も邁進してまいります。

 

 ご来場して頂きました皆様、各ブースのご担当者の皆様、また主催されました越智産業株式会社の皆様、本当にありがとうございました。

  

(CLT部 西牧)

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M田部長のぶらり肝付町の旅・歴史の旅にお供する その2

 2月5日は旧暦の元旦。こちら大隅では梅や緋寒桜が丁度満開となり、さわやかな香りを漂わせています。初春と呼ぶにふさわしい季節を迎えました。

 先月Hさんに誘われて、肝付町波見を散策しながら、中世から藩政時代にかけて、この地に日本有数の財力を有する人々が実在していたことを知りました。そして、その人たちは、志布志湾に注ぐ肝属川河口を本拠地として、海を渡り、中国大陸や南方諸島との交易を活発におこなっていたのです。

 Hさんが、「今の行政区域が歴史の舞台だったわけがなく、肝属川両岸に広かる地域、さらには志布志湾岸を一帯としてとらえるべき。まずは、対岸の東串良柏原、唐仁あたりに行ってみよう。」と言うので、有明大橋を渡って東串良町に入り、柏原を経て、少し上流に位置する唐仁にやってきました。道のりにして約4Km。

 いつもはここは、田んぼの中に広がっているごく普通の集落として通過しています。この日はじめて、むらの真ん中を南北に伸びている道を、車から降りて歩いてみました。

 

肝属川を背に北を見る。最奥に大塚神社、朱の鳥居。
肝属川を背に北を見る。最奥に大塚神社、朱の鳥居。

 

 人が設計して造ったに違いないまっすぐな道は、ブロック塀とコンクリート側溝にはさまれています。一見近頃作られた集落道路に見えますが、500mほどの間、十字路はなく左右からの丁字路になっており、突き当たりの壁には文字も判別できないほど風化した「石敢當」(せっかんとう)が丁字路の数だけひっそりと建っていて、この道がただ者ではないことを証しているようです。近年整備はされたものの、この小路の歴史はどれほどなのでしょうか。

 

丁字路の突き当たりに鎮座する石敢當
丁字路の突き当たりに鎮座する石敢當

 

 Hさんによると「石敢當」は突き当たりの家に魔物が入らないようにするための魔よけの石碑で、中国福建省あたりから発祥し、沖縄、鹿児島に伝わってきたのだそうです。やはり、ここも海を越えて交易をしてきた人々が実在していたのでしょう。あるいは、唐仁と言う名の示すように中国大陸からやってきたり、連れてこられたりした人々が住んでいただろうという推測はできるのかもしれません。(Hさんはそのように確信しているようですが。)

 東串良町郷土史を読んでみると、確かにこの地にも、中世から近世にかけて、波見にも劣らない財力をもった幾つかの家系があったことが記されており、今も末裔の方々が居住されているようです。

 何気なく通り過ぎている村や小路に、現状では想像できないような人々の暮らしぶりや、豪快な経済活動があったことを、てくてく歩くことで垣間見ることができました。

 川を背に北に歩いて大塚神社に向かい歴史の旅のお供は続きます。

 

唐仁地区大塚神社へ
唐仁地区大塚神社へ

(はまったか?M田)

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構造設計セミナー/木造編(基礎Ⅱ)を受講しました

 こんにちは。建設部の中野です。

 平成31年1月21日と22日の2日間、一般財団法人日本建築センター主催のBCJ技術セミナー『構造設計シリーズ/木造編(基礎Ⅱコース)』に参加してきました。

(昨年7月に同セミナーの基礎Ⅰコースに参加したときのブログはこちら

  

 この研修は、中大規模木造の構造設計を行うための講義と演習に取り組むセミナーで、大断面集成材ラーメン構造による3階建ての事務所ビルの構造設計について、実践的な演習を行いました。

 

 

 1日目は、東京都市大学の大橋教授、(株)山田憲明構造設計事務所の山田様に教えていただきました。中規模木造を設計するにあたって、計画の段階で考慮しなければならないことから、構造設計の概要、材料の決定、荷重・外力条件を決定してからの仮定断面の決定までを行いました。

 

 2日目は、東京電機大学の朝川准教授、(株)日建設計の瀧口様に教えていただきました。1日目の続き、応力解析をする際の入力する数値の変換から、断面検討までを主に行いました。

 

 2日間にわたって中大規模木造の構造設計の流れを学んでみて、建物を木造にするときには計画の段階から考慮するべきことがたくさんあって、応力解析する際には数値の置き換えが重要になってくることを改めて実感しました。実際に計算をしてみて、特に、計算過程で必要な数値を前の計算からひろってくることの大変さがわかりました。(いろんな計算をしていく中で複雑になっていくので…)総合して、もっと勉強しないといけないと感じた2日間でした。

 

 

 講習が終わったあと、東京の建築を何か見に行こうと思いましたが、寒すぎてあまり遠くまで行く元気が無く、東京駅周辺を見に行きました。東京駅はもちろん、駅周辺に立ち並ぶ建物も駅に使われている煉瓦を引き立たせていてとても綺麗でした。 

東京駅
東京駅
東京駅周辺の建物
東京駅周辺の建物

帰りの飛行機から富士山見えました
帰りの飛行機から富士山見えました

(建設部 中野)

 

鏡開き 2019

 

 1月12日(土)、こちら鹿児島は雨模様ですが、今日は朝から「鏡開き」のぜんざい作り。今年も事務所の女性陣が準備してくれました。(ありがとうございます!)

 

 工場のあちこちに飾っていたお餅を回収して、一年ぶりの餅焼き。

 ストーブの準備、小豆の準備、お餅がやわらかくてくっつく!等々、やっぱりバタバタです。

(私は手伝いもせずに写真とってました!すみません!)


ストーブの上で
ストーブの上で
小豆たっぷりです
小豆たっぷりです

 

ぶじ10時の休憩に間に合いました!

 甘いものが苦手な人は醤油と海苔で、ぜんざい好きな人はおかわり、甘辛いける人は両方。

さて、N永次長とT口田課長は何杯食べたでしょうか?(答え:たぶん4杯ずつ)

良い笑顔!
良い笑顔!

 

今年も一年良い年になりますように。

健康に気を付けて、頑張りましょう。


準備いただいた皆さん、ありがとうございました!

ごちそうさまでした!

(M理) 

 

 

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M田部長のぶらり肝付町の旅・歴史の旅にお供する

 新年明けましておめでとうございます。

 平成最後のお正月は、南国の冬としても暖かく穏やかでした。

 みなさまのところは如何だったでしょうか。

 

 昨年の暮れ、高校時代からの友人で歴史に深い造詣を持つHさんから、1月はじめに高山、東串良のあたりを見に行きたいので案内してくれないかとの依頼がありました。今年、弊社の年始休暇には、ゆとりがあったので、一日丸まるお供することにしました。

「時代をさかのぼって、古代4~7世紀あたりと、中世14~17世紀のころを現地で想像したい。」というのが、Hさんの来訪目的のひとつ。志布志湾に面する「波見」と「下伊倉」、「唐仁」を、おじさん二人でじっくり歩いてみました。 

旧屋敷跡を散策するHさん
旧屋敷跡を散策するHさん

 

 まずは、波見へ。高山郷土誌(平成9年発行)には、波見港が、柏原港ととともに大隅半島における海上交通の要所であり、中世においては、日本人の海外雄飛への根拠地あり貿易港であったこと(室町時代は和寇として)。江戸時代は密貿易港として琉球を通じて中国や南方からの物資を交易し島津藩の財政を潤し、外来文化の玄関口ともなったこと。豪商重(しげ)家は室町時代からこの地で交易を行い、幕末においては全国長者番付で西の関脇であったこと。などが記されています。

 

屋敷を囲む石積み
屋敷を囲む石積み

 

 波見浦の屋敷跡は、道沿いに堅牢な長い石積みが続いており、数百年の歴史と、その豊かさが実感として伝わってきます。海外から訪れた人々や、商人、船人、船を建造・修理する人々などのほか、番所に勤める役人たちも、この石垣の道を往来したことを想像すると、当時の賑わいにわくわくしてきます。

 

倉の壁には鏝絵で描かれた恵比寿さんの姿
倉の壁には鏝絵で描かれた恵比寿さんの姿

 

 いくつか残る倉の窓上のひとつには恵比寿さんが満面の笑顔を浮かべています。この浦町に並々ならぬ冨が集められたことを象徴しているようです。はるか中国や南方からの物資はこの倉に入り、国内のあちこちに財として伝わっていったことでしょう。

さらに、海沿いの通りに歩くと権現山を背に、海に向かって「戸柱神社」が鎮座されています。この神社の石造りの鳥居には、「天保5年8月吉日」(1834年)の文字が刻まれ、交易に携わっていた商人たちの財力がどれほどだったかを示しているようです。

 

 

戸柱神社の鳥居。権現山を背に海に向かって立つ。
戸柱神社の鳥居。権現山を背に海に向かって立つ。

 

 ここの境内から権現山へ登る歩道が整備されているようです。志布志湾を見守ると同時に、山上では航行の監視も行われていたことでしょう。この後、車で権現山に登り、志布志湾岸、下伊倉、唐仁との位置関係を俯瞰して、東串良町へと向かいました。 

 (続くのか M田)

 

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新年あけましておめでとうございます

皆様、新年あけましておめでとうございます。

きっと今頃は、お屠蘇でほろ酔いのメルマガ編集長のM理です。

 

昨年一年間、大変お世話になりました。いつもメルマガをご愛読いただき、誠にありがとうございます。

さて、元旦にあたり、昨年の出来事を少し振り返ってみたいと思います。

 

4月2日 新入社員の入社

 2018年4月2日、鹿児島大学から二人の新卒者が入社してくれました。入社前からインターンシップや説明会などで色々と関わっていたので、二人の入社は大変嬉しい出来事でした。女性も増えて嬉しい限りです。

 メルマガでも「ともみ&りさこ」として活躍してくれていますが、仕事ぶりも随分頼もしくなってきて、これもまた嬉しい限りです。 

入社式の様子(4/2撮影)
入社式の様子(4/2撮影)

 

6月30日 リーダー研修「ヴィジョン構築プロジェクト」スタート

 2018年6月30日、社内のリーダー向け研修「ヴィジョン構築プロジェクト」がスタートしました。昨年6回実施され、1月以降も続きます。

 私もリーダーの一人として参加していますが、最初はみんな「ヴィジョンって何?」状態からのスタート。リーダーたちの眠っていた?想いを呼びおこしていくのに、N永次長は相当苦労したのではないかと思います。今年は、自分たちの考えてきたヴィジョン案について、具体的に何をどのようにやっていくか経営陣との検討に入っていきます。大変ですが、変わっていく楽しみがあります。

グループで意見を出し合って、それを見ながら全員で議論
グループで意見を出し合って、それを見ながら全員で議論
終わったあとはこんな感じ
終わったあとはこんな感じ

 

9月29~30日 台風24号

 9月29日に実施していたリーダー研修の4回目を早めに切り上げて、台風養生。29日の夜から30日にかけて台風24号が通過しました。工場内があちこち浸水したものの、そこまで大した被害はありませんでしたが、なぜか低温乾燥機だけが大破していて驚かされました。

工場内はあちこち浸水しました
工場内はあちこち浸水しました
低温乾燥機 9/30撮影
低温乾燥機 9/30撮影

 

11月5~7日 沖縄へ

 残念ながら、いつも元旦号でお届けしているような旅行記を書けるような海外旅行は出来ませんでしたが、下地島空港の現場視察にかこつけて、はじめて沖縄県宮古島に行くことが出来ました。

すみません!リゾート楽しませていただきました!
すみません!リゾート楽しませていただきました!
思わずさわるK野主任、その気持ち分かります
思わずさわるK野主任、その気持ち分かります
カラフル!
カラフル!

上の写真は、那覇市の牧志公設市場にて。

 1階の市場で魚を注文すると、2階の食堂で超速で舟盛りになってやってきます。行き交う言葉が中国語で、海外にいるような気持ちになりました。

 

 ここには書ききれないこともたくさんありましたが、無事に新年を迎えることが出来て、ひとまずほっとしております。

 さて、今年はどのような年になりますか、皆様にとりまして、良い一年になりますように。

 本年もどうぞよろしくお願いいたします。

(M理)

寝正月
寝正月
仕事の邪魔
仕事の邪魔

M田部長のぶらり肝付町の旅・壊れかけのラジオとFM

 師走に入りました。上旬は、散歩をすると汗ばむほどの記録的な暖かさでしたが、大雪を過ぎた今日この頃、やっといつもの冬にもどったようです。冬といえばコタツ、コタツといえば宿題しながら聞いていた深夜放送。

 我が家には、M田が中学1年の冬に、お年玉と親にねだって買ってもらったラジオが現役で音を出しています。その名も高き「ナショナル2000GXワールドボーイ」。これで「つるこう」とか「ちんぺい」とか「なかじま」とか寝ずに聞いたものでした。もう50年近く、苦楽をともにしていますが、文句ひとついわず付いてきてくれました。まことに見上げたものです。

  

 

 このラジオから初めてFMバンドを聞いたときは、その音質にびっくりしたのを覚えています。今も少し錆びたアンテナで電波をしっかり拾って放送を聞かせてくれています。

 家人がもっぱら選局しているのは「FMきもつき」。町内に基地をもつコミュニティFM局で、弊社の本社工場のすぐ近くの高台に建つ「勤労青少年ホーム」の一室にスタジオを構えています。

 

 

 朱の鳥居をくぐり、神社の参道を登るというちょいと奇妙な感じの場に建てられている「勤労青少年ホーム」ですが、ここで肝付町の青年たちがいろいろなドラマを繰り広げてきたと噂されています。

 

 

 このスタジオでは週に3本ほどの収録が行われているそうで、今日は「じじ放談」という、文字通り60歳を超えるおじさんたちが、テーマも決めずに好きなことを話題になるようになるという構成で番組収録の最中でした。とても楽しそうに会話がはずんでいます。

 

 

 このスタジオは、災害時の停電の中でも3日間放送を継続できるよう非常用バッテリーが備え付けてあるそうです。高台の建物を選んだのもそのような目的があったのでしょう。

 ここから肝付町全体に放送を届けるために、国見山、荒西山など3中継局が設置されています。肝付町は国見連山という700mを超える山壁で高山と内之浦が隔てられているので、電波を飛ばすのにもご苦労があるようです。

 

 実はこの放送局は、鹿屋市と志布志市、そして肝付町の2市1町のコミュニティFM局がネットワークを組んで、共同の情報を送れるシステムを構築しているのですが、これは全国でも類を見ない仕組みだということで、総務省もびっくりだったそうです。

 もしもの時は補完しあって、さまざまな情報を発信していけるのは、住民にとって、災害への備えとして大いに貢献するものと思われます。 

 

 開局10年を超え、小さなアンテナは、今後さらに身近で心強い情報を町民に提供してくれるはずです。

 (次は新年 何を見ようかM田)

 

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