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2017年5月19日(金)日刊木材新聞/「新・国産材戦国時代インタビュー」より

◆今こそ過伐対策を

大中型木造を確固たる需要分野へ

 山佐木材(鹿児島県肝属郡、佐々木幸久社長)は、1991年に日本で初めて杉の構造用集成材JAS認定を取得して大中型木造建築事業を始めるとともに、業界に先駆けて設計、施工体制構築まで踏み込み、同分野の需要拡大に貢献してきた。昨今も杉CLTのJAS認定、またCLT床耐火2時間構造認定を取得し、住宅、非住宅(大中型木造)に続いて非木造建築分野での木材、国産材需要開拓につなげることを目指している。だが、佐々木社長が今、最も関心を寄せるのは、我が国の持続的林業経営が可能かという点だ。現状は過伐状況と見て早急な対策が必要だと話す。

 様々な分野で国産材需要が拡大しているのは喜ばしいことだが、九州など素材生産先進地では過伐状況になっており、持続的林業が不可能になってしまうのではないかと懸念している。再造林率の統計は出ているが、実際の有効林分率などを掛け合わせると、将来生育してくる資源量は表面上の数字よりもかなり低いのではないかと考えざるを得ない。また、資源はあっても手の入っていない山が大量に残るという可能性も大きいと思う。

 国産材が利用期に入った今こそ、放置林に対する法的な対応が必要ではないか。しっかりとした林業を行っている事業者には手厚い助成を、そうでない場合は罰則を作るくらいで臨まないと、結局、将来に大きなツケを残す。膨大な経費を使って対応策を講じなければならなくなるだろう。

 欧州などでは、しっかりとした資源調査の下で年間伐採量を決定しているところが多い。厳格な運用の下でも素材生産量を伸ばしている国がある。我が国でも同様のことができないはずはなく、間伐を中心にした循環型林業により、森林の公益的機能維持と素材生産量増加の両立は達成できると思う。日本でもフォレスター制度が始まり今後の主導的な役割を期待するが、早期に手を打っていくため、当初は行政の関与が必要だ。

 民間企業としても取り組みを進めている。地元の森林組合と原木直納契約を結ぶなかで、再造林が確実に行われている林分からの出材を条件に盛り込んだ。森組側も再造林の促進につながるとして積極的に取り組んでくれている。また、地元行政にも働き掛け、官民連携による持続的林業実現への方策を推進している。今後は産官学で現実的に林業が利益を出せる方策を提案するための研究会を始めたいと思っている。 

安心できる木造の発注環境整備を

 大中型木造建築、また非木造建築のなかで木材利用を広げていくためには、設計、施工側が安心して仕事を発注できる環境を整えることが必要だと考えている。東京オリンピックなどはその大きな契機となる可能性があり、木材業界がしっかりと対応できれば、従来、同分野でも確固たる需要を獲得できるようになっていくのではないだろうか。日本集成材工業協同組合(佐々木氏が理事長を務める)でも、人材育成を含めて取り組んでいきたい。(連載は来週につづく)


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荘内南洲神社参詣

 協和木材さん新工場落成式参加の機会があり、久しぶりに山形県に行くことになりました。月曜日が国製協の総会、水曜日が落成式なので、火曜日は時間を自由に出来そうです。

 かねて気になっていた酒田市か鶴岡市まで足を伸ばしてみようかと考えました。「南洲翁遺訓」を編纂されたのが旧荘内藩士の方であると聞き及んでいたので、一度この地を訪問してみたかったのです。

 

 鶴岡市か酒田市かと思いましたが、南洲神社がある酒田市に決めました。酒田市は豪商本間家の事もあり、豊かな街であろうという印象を持っていました。冷たい小雨が降る酒田駅前は、最近の地方のどこの街とも同じようにうら寂しい様子でした。

 

 

 駅の案内所で街の様子や南洲神社のこと、交通の便などを聞き、親切に教えて貰いました。昼をだいぶ回っていたので、手荷物を引きずりながら案内所で聞いた料理屋を訪ね当てました。参詣が終わってからが好ましいのだがと思いつつ、まずは地元のお酒を指定して熱燗二合。

 

 案内所でバスの時刻表も貰っていましたが、タクシーで行くことに。いかにも古都らしい、山折倉庫、本間様旧邸などの横を通り、南洲神社に到着。タクシーを待たせたままの慌ただしい参詣になりました。

 

南洲翁と対話の座像は、荘内藩 臥牛翁菅 実秀 「南洲翁遺訓」の編纂者

 


南洲神社は、鹿児島市内、鹿児島県和泊町、宮崎県都城市、ここ山形県酒田市にある。 

 

荘内南洲神社

 昭和51年、伊勢神宮の古材払い下げを受けて創建される。

 書籍の頒布、毎月人間学講座を開催。

 「南洲翁遺訓」文庫本を製作し、無料配布している。

 

公益財団法人荘内南洲会 南洲神社 理事長 水野 貞吉氏にご案内戴いた。

 

ここで求めた書籍。文庫本の「南洲翁遺訓」は戴いたもの。

(佐々木 幸久)


〔編集追記〕

 鹿児島に熱心な西郷さんファンが多いのは知られていますが、なぜ遠く離れた山形に西郷さんを祀る神社があるのでしょうか。

 

(荘内南洲会発行 南洲神社パンフレットより抜粋)

 南洲神社は南洲翁(西郷隆盛)を祀る神社ですが、鹿児島市、沖永良部島和泊町、宮崎県都城市、そして山形県酒田市にあります。

 明治元年の戊辰戦争で、荘内藩は官軍に激しく抵抗したため厳しい処分を覚悟していましたが、南洲翁の指示により公明正大で極めて寛大な降伏条件の言い渡しを受けました。

   (中略)

 明治3年~8年にかけ荘内藩主酒井忠篤公を先頭に鹿児島を訪れ、南洲翁(西郷)の学びを得ました。学んだ全てを書き残し、明治23年「南洲翁遺訓」として刊行しました。旧荘内藩士たちはこの「南洲翁遺訓」を風呂敷に背負って全国を行脚しながら配布しております。

 

 荘内藩は戊辰戦争での西郷さんの対応にすっかり惚れ込んで、藩主をはじめ藩の有望な若者を数多く薩摩の西郷さんの元に派遣して教えを乞い、その言葉を本にまとめて普及につとめ、後に神社まで創建してしまうという凄い話です。

 来年2018年1月からスタートする大河ドラマが「西郷どん(せごどん)」に決まりました。魅力ある西郷さんが描かれることを期待しています。

  

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