メールマガジン第42号>西園顧問

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★【西園顧問】木への想い~地方創生は国産材活用から(24)

  「無電柱推進法成立の期待と問題点!」

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 昨年12月9日に「無電柱化推進法」が成立した。過去の木材需要の一翼を担って来た「木柱が、他の電柱類と一緒に消えてゆく時期」が来た事になる。そこで「木材利用分野で木柱の果して来た役割」と、「木材保存技術の基礎を担って来た木柱関連の資料」を整理しておく事は、次なる木材需要拡大策を考える時に役立つかもしれないと思い、この文を書く事にした。

 

 無電柱推進運動へ最も熱心だった小池百合子氏が、東京都知事選で「東京都大改革の諸問題と一緒に、東京景観一新策として無電柱化の推進を!」と訴えて当選した事が、今回の制定に大きく影響したと私は思っている。 

 無電柱化推進法とは、出来るだけ早く地下共同溝を作り、道路沿いや市街地に林立している電柱を地下へ押し込み、同時に空中架線も消滅さようとの「新たな公共工事作り」を目指している。法整備の目的に「災害防止と円滑な交通安全の確保、そして良好な景観形成の達成を目指す」と記されているから、反対する理由は何も無い。しかし林材業に関係した者として、「電柱類の中心となり社会貢献して来た木柱の歴史を、消えゆく前に幾らかでも纏めておきたい」と思う気持は理解して貰えると思う。

  

国土交通省ホームページより「無電柱化の手法」

http://www.mlit.go.jp/road/road/traffic/chicyuka/chi_14.html

 

 日本の電柱の歴史は、文明開化の始まった明治元年、東京横浜間の電信開通に始まる。電話用が明治22年で、電力用は明治17年の東京電灯会社に始まったと記録されている。当時は1回線1本の電線を必要としたので、日本中に網目状の配線が張り巡らされる結果となった。

 

 そして富山県では木柱専用の植林として「ボカスギ造林」を推進したとの記録も残る。

屋外利用の木柱や枕木の防腐能力を高めるために、クレオソート油を使った加圧注入技術が欧米から導入され、引き続き扱い易い水溶性のPF系防腐薬剤の利用研究も始められた。九州では羽犬塚で昭和5年に、九州木材工業が操業開始している。それは筑後黒木地区のスラリと伸びた杉山林が電柱適材だったからと推測される。鹿児島では昭和15年に岩崎産業が桜島で枕木注入工場を操業開始している。(18年に重富へ移転)

 架線やトランス等の頭でっかちの重量を支える等の耐震性も要求された事で、昭和時代に入ると強度面や安全性を確保するためにコンクリート柱が現れて来る。函館市末広町には「日本最古の1923年製コンクリート電柱」との観光案内板が自慢気に保存されていて、市の観光パンフレットに写真も紹介されている。

 

 都市部の高層化等の影響もあり、柱高10~20Mを越す電柱の需要が求められる様になり、木柱では高さが足りない事から次第に都市部からは排除され、コン柱の他にも鋼管柱や複合柱等の代替品も増えて来た。(島原の通信基地に、24M高の継木柱を担当して昭和45年に納入したが、これが木柱の最長高事例だと思う。) 

 

電柱が建ち始めた明治後期の日本

 

 世界の大都市の無電柱化はロンドン・パリ・香港では既に100%で、シンガポール93%、ソウルでも46%の地区で実現されている。しかし日本では建設コストと予算面から遅々として進まず、やっと昭和60年代に都市部から「電柱等地中化計画」が始まった。現在東京23区でも7.5%で大阪市は5%、鹿児島市の整備状況は0.7%に過ぎない。電柱は日本中では3500万本余が建ち、毎年7万本が逆に増加しているそうだ。地下共同溝化は「言うは易し、行うは難し」の代表例と言えよう。

 

 日本の産業発展の基礎を支えて来た枕木と木柱が、日本の防腐木材の初期の歴史を作って来た。木製品の耐久性能向上のためにJISが制定され、昭和28年には木材防腐特別措置法も整備され、品質向上と生産体制の整備が進められて来た。そして木柱等では防腐性能が高いと期待されたCCA防腐剤が使用された時期も有ったが、環境問題や健康問題から表舞台から消えて行った。(健康問題からはホウ酸処理が注目され始めている。)

 

 私の経験から言えば、日本で木材の保存性能と耐久力を高めるには「夏場の高温多湿の気候条件に適した木製品の品質管理」を、もう一段高いレベルで徹底する必要が有ったと思う。日本の気象環境を考えれば、「木材の耐久性向上には、水分や湿度との闘い」であった。現在は工業製品的思考に頼り過ぎて、木材の特徴を生かし切れていないと思うし、明治以前の大工の技能力の方が優れていたと言える。木材の耐久性を高めるには「木口面からの水分吸湿を如何に抑えるか。出来るだけ木材を乾燥状態に置く」等に注意すれば、保存性能や防腐能力は格段に高められるのに、何故か手抜きされて来た事が不可思議である。

 

 丸い基礎石の表面に合せて、柱木口を擦り合せ加工する伝統的工法や、木口面を斜めに水切り加工する等の簡単な木口面での防水対策に、今少し気を付けるだけで木材の耐久性は向上させる事は出来る。錦帯橋や京都清水寺の大舞台での木材の木口施工での配慮を学んで欲しい。木材の保存対策ではラボ的研究は進められて来たが、木材の長所短所を良く考えると共に屋外での耐久性向上の実証実験等で、今一つ高いレベルを目指して欲しかったと思う。 

 

 日本の木柱生産の統計と推移は別表の通りで、個人電話の設置と普及が急拡大した昭和43年がピークであり、年間335,000㎥の木柱が建てられている。それが平成27年度の我が国の木柱使用量は、わずか0.0005%に過ぎない170㎥へと壊滅状況になっている。

 

 木柱は国産杉とカラマツが使用されて来たので、335,000㎥もの国産針葉樹の需要分野が消滅した事になる。木材業界では木柱等の需要急減に対し、代替需要を作り出す運動に真剣に取り組んで来ただろうか。木造住宅の加圧式防腐土台用屋外外構材等の需要面では幾らか実績を積み上げて来たが、「往年の枕木や木柱等の産業用木材の需要総量」には遠く及ばずである。木材の弱点とされる「防火と防腐対策」を判り易く提案する事で、国民の求める安心安全対策に応えないと、「需要拡大は始まらない」と思うのだが。

 

日本木材防腐工業組合メンバーの生産量の推移(1967から生産量集計)

 

 国交省等は、これから災害防止や交通安全面から無電柱化と地下埋設を急ぐだろう。小池都知事等も地下直下型地震が心配される大都市の安全化対策からも、無電柱化を進めるのは間違い無い。そこで「地方の振興策を考え、地球温暖化予防対策から林業振興を一段と推し進めなければならない南九州地区の行政や林材関係者」は、市街地の無電柱化作戦を指くわえて眺めているだけでなく、「木柱に代わる新しい木材需要の代替分野を開拓する努力」に取り組んで欲しいものだ。

 所で、我が国の田舎が描かれる風景画には、不思議と「木柱が建っている景色」が描かれている例を見る。「少し曲がって何処か弱弱し気な木柱が、日本的田舎風景を表現するのに必要な小道具類」となっていると思う。

 

(西園)