メールマガジン第115号>稲田顧問

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★【稲田顧問】タツオが行く!(第71話)

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「これまでのタツオが行く!」(リンク

71.シンポジウム「地球環境に配慮した建築構造」

 

 先月の6月6日(木)日本建築学会主催のシンポジウム「地球環境に配慮した建築構造」に、ディスカッションの司会として参加した。

 私は2000年から2010年頃、日本建築学会や日本建築構造技術者協会の地球環境委員会に所属して、この問題に精力的に取り組んだ時期があった。久し振りにこの問題に関するディスカッションに参加して、司会としていろいろ考える所もあったので、少しこの問題について触れておこうと思う。

 

 建築分野(民生・業務、家庭分野)は特にCO2排出量が多いことで知られており、概ね地球上の全CO2排出量の1/3が建築分野に由来すると言われいる。尤も、特に排出量が多いのは、建築の運用段階であり、空調(冷暖房)、照明、給湯、厨房等がこれに当たる。一方建設段階(新築・改修等、エンボディードカーボンと呼ぶこともある)におけるCO2排出量は、1990年では運用段階の1/2程度、2005年では運用段階の1/3程度と言われる。1990年から2005年で建設段階のCO2排出量が減少しているのは、年間の新築着工床面積が減少したからである。産業分野別のGDPの統計を見ても建設業のGDPは1990年から2005年にかけて大きく落ち込みが見られるがこれも新築着工床面積の減少によるものである。

 それではなぜ1990年から2005年にかけて新築着工床面積が減少したかと言えば、一つの理由は建築物の品質向上に伴って、建物を永く使う気運が生れ、建築への意識がスクラップアンドビルドからストック重視へと変化したことがあげられよう。建築学会などは以前より「建築物の長寿命化の推進」を目標に掲げていたが、そのような活動の成果が新築着工床面積の減少として表れたとみることもできる。

 しかし2010年頃、私はこの建物の長寿命化の推進について少し疑念を抱き始めていた。というのは、その頃は地球温暖化の問題は人類の存亡の危機に繋がる問題であり、例えば「持続可能な発展」はもはや不可能ではないかと言われていた。例えば英国人の気象学者ジェームスラブロックは人類が居住できるのは2060年には南極の一部に限られるようになると予測し、人類は既にブラックホールに落ち始めており、それを回避する唯一の手段は原発の活用ぐらいしかないと述べている。

 同じころ海外では、「地球工学」という研究分野が注目を集めていた。地球温暖化により人類が居住困難となることを物理的(工学的)に阻止するために、例えばラグランジュ点(宇宙空間の太陽と地球の重力の平衡点)に幕を張って地球に向かう太陽の熱を数パーセント程度遮断しようとするような試みが検討されていた。尤もこのような試み事態が、新たな気象上のリスクを引き起こすのではないかとの警戒心もあって、本格的に実行に移されることは無かったと理解している。

 

 人類の存亡の危機が差し迫る中、建物の長寿命化などを議論するのは無意味なのではないかというのが、2010年当時の私の心境であった。そして木材の利活用についても同じことが言えた。木材は植林すれば60年程度で再生するということから、再生可能資源と言われている。しかし実際には、伐採された丸太の内、製材として活用されるのは、25%程度と極めて歩留まりの悪い材料である。元々木材は炭素の塊であり、燃焼廃棄すれば大量のCO2が発生する。製材製造時に発生する75%の廃材の多くは燃焼廃棄されることになるから、木材生産におけるCO2排出量は他の構造材料に比べても多いのが実情である。勿論伐採後に正しく植林が行われて60年後に再生されれば全て問題は解決されることにはなるが、人類の破滅の時期が60年後より短いとすれば悠長なことは言ってはおれないことになる。

 私は地球温暖化の問題に対する世の中の捉え方が、ややもすればブーム、ファッションとしての傾向が強く、環境問題(温暖化の問題)が必ずしも正しく理解されていないのではないか、あるいはこの問題の核心が持つ深刻な側面が必ずしも理解されていないのではないかという点に疑問を感じていた。

 

 そのようなこともあったので6月6日のシンポジウムでは司会の特権を利用して、この問題についてこの問題の第一人者であるパネリスト達に対し、どのように考えるかぶつけて見ることにした。

 その答えとしては、司会の質問は極論でありまともに答えるのは難しいが、密かに迫りくるリスクは感じながらも、現実的には可能な範囲で事態の悪化を少しでも緩和する活動に徹することしか、我々はできないのではないか。勿論建物を永く使い続ける努力は重要であるし、木材についても短期に廃棄する使い方よりは、建築として木材を長く使い続けることが重要ではないかというものであった。

 

 気象災害に対する対策などはある程度着実に進んでいるし、熱中症対策なども、よく研究されているのではないかと思う。これらが小手先の対策に過ぎず、やがて人類は遠からず破滅の時を迎えるのか、あるいはこれらの細やかな努力が功を奏してSDGsに語られているような明るい地球の未来を手繰り寄せることができるのか、ことの成り行きを見届けたいと思った次第である。

 

(稲田 達夫)