ニュージーランド再訪記(1)

19年ぶりのニュージーランド

 NPO法人ホウ素系木材保存剤普及協会という団体があります。理事長は荒川民雄氏、ボロンテクノロジー代表。私も理事会の末席を汚しています。

 その荒川理事長からニュージーランド視察の企画を聞いたとき、これは是非とも行かねばなるまいと思いました。ひとつは荒川先生の防腐防蟻関連の視察が久しぶりだったこと、それともうひとつは20年近く前ニュージーランドに旅行した時の印象がとても良かったのです。

 この時は堤寿一先生(当時九州大学農学部名誉教授)のご案内で、今回のようにオークランド空港に到着後、ロトルアを中心に、堤先生が練りに練った計画を作ってくれて有意義に視察を行うことが出来ました。そのようなことでお話があってすぐに1週間の時間を作る段取りを始めました。

 

帰国後 同行のNさんからメール 

 実は旅行から帰ってから、同行のAFM Japan社のNさんから以下のようなメールを戴きました。

Nさんのメール

(前略)帰国後、ガイドいただいた松木さんのサイトを検索中に、佐々木社長の平成9年のニュージーランド視察記を見つけ拝読いたしました。

視察前に読んでいれば相当に視る目が違ったのにと残念です。

20年近く前の森林・木材関係の事情も大きくは変わっていないようで、ただ、所有形態が政策により民間化が進んでいるようで、松木さんのレポートの内容に理解がつきます。

訪れたSCIONが森林総合研究所が前身と聞きましたが、当時にもNZ森林総合研究所を訪れておられ、案内の仕方も次々と担当から担当に引き継がれるとの文章に、今回も同様であったなと思いました。

 松木さんが属したフレッチャー社も訪れておられ、時期的にどこかでお二人のニアミスがあったのではないかと思われてしまいます。(後略) 

 私もNさんに言われて、改めて自分の昔のレポートを再読してみました。もうこの歳になるとあまり勉強もはかが行かないのですが、当時は見るもの聞くもの新鮮で、しかも堤先生の実に懇切な解説付きですから、こと細かに記録しています。当社ホームページでも検索できますので、興味を持った方は読んでみて下さい。

■ ニュージーランド視察記(社内報「やまさ」平成9年8月号~11月号掲載

 

 

故 堤寿一先生をひそかに偲ぶ旅に 

 私にとってニュージーランドは即ち堤先生でした。先生はニュージーランドを愛し、この国の林業研究や研究者たちに深い尊敬の思いを抱いておられました。今回の旅行は堤先生を偲びつつ、20年間の変化や推移を観察できれば、と考えていました。

 荒川理事長からは参加者全員にそれぞれの視察先について分担してレポートを提出するように指示があり、そして佐々木には「レッドウッドフォレスト」が割り当てられました。

 今回のレッドウッドフォレスト山行中、私は不思議としか言えないことに出会いました。それが耳に入ってこのテーマを私に割り当てたのでしょう。 従って今回は順番を飛ばして、まずレッドウッドフォレストの山歩きからレポートし、その他は次回にしたいと思います。

 

 さてその山中での不思議なことについて述べる前に、今少し20年前の旅行のことを述べることにします。

 堤先生は九州大学で木材理学の研究室で永年研究、指導をしておられました。若い頃ニュージーランド国立林業研究所に留学、ラジアータパインを主とした材質の研究をされました。そしてその材質の特徴について、正確な知識、情報を初めて我が国にもたらした方です。ラジアータパインの製材JASは他の樹種のそれに比べて妙に学理的ですが、先生の情報を元に作られたものです。 

 先生はニュージーランドが大好きで、毎年のように行っておられたと思います。九州大学退官後あるとき、今年もまた行ってくるとお聞きしました。先生の滞在中に私もお邪魔させて下さいとお願いして、約1週間の視察が実現したのでした。シーズンもたまたま今回のツアーとほぼ同じ時期です。 

 この絶好の機会に自分だけで行くのは勿体ないと思い、関心のありそうな方々に声を掛けてみました。急な日程の中、都合がついたのが、当時当社で技術指導をして戴いていた中村徳孫先生(当時宮崎大学名誉教授)、鹿児島県工業技術センター遠矢木材工業部長のお二人でした。ちなみに3人とも自費での参加です。

  

 あの時のニュージーランドはこんなにも過激に、と思うほどに急速な民営化のただ中にありました。国有林も民営化されましたし、二日間にわたって訪問した林業研究所も、民営化直後で雰囲気も如何にも慌ただしく、良くない影響が出なければ良いがと思ったような気がしたものです。

  先生の昔からの滞在先のお宅に私たち三人もホームステイさせて貰いました。気むずかし屋のご主人と、昔モデルだったというのが信じられない、おしゃべりで世話好きの奥さん。お茶はいかが?としょっちゅう言われるのに閉口しながらも、堤先生ご夫妻、親戚づきあいとも言うべき宿のご主人夫妻と、朝夕の楽しかった思いでがよみがえりました。

 当時ニュージーランドは物価が大変に安かったのです。消費税は当時からとても高く、20%近い税率だったと記憶します。ただ税込みで値段を聞くとそれでも安くて、満足しました。昔のレポートにその辺も記録しています。

  今回驚いたことの一つが、ニュージーランドの物価高でした。まさにニュージーランドはバブルの真っ最中、と言える状況です。  

 

 

レッドウッドフォレスト見学(2016年6月7日 出発2日目 現地1日目)

  当日午後の予定としてまず間欠泉の見学、その後レッドウッドフォレストの視察という見学コースがありました。

 私はより多くの時間をこのレッドウッドフォレストで過ごしたいと思い、間欠泉の見学はキャンセルしました。英語の堪能なM女史と、ホウ酸塩防腐処理事業をシステム化して全国展開しているA社長が賛同、3人でのツアーとなりました。

 

森の中での不思議な邂逅  

 この公園は元々国の林業研究所の施設で、重大な目的のために設置、目的を果たして公園となったものです。ニュージーランドの人工林草創に当たり、どのような樹種を選択するかまさに国家的取り組みをした、若い国故にこそ、どこの国もここまで徹底して取り組んだことのない、まさに林業研究の革命でした。世界中から有望そうな樹木、日本からもカラマツ、スギなども苗木を取り寄せて植林し、成長性や地域への適合性、材質など仔細に調べられたと聞いています。 

 

 私たちは2時間コースを選択、巨木の森を歩き始めました。暫く歩いている内に、この森の中で先に述べたまさに不思議としか言いようのない出会いがあったのです。地元の人と思われる高齢の紳士が、後ろから早足で歩いてくるので、ゆっくり散策している私たち3人は道を譲ろうと脇へよけました。すると追い越しざま、「日本の方ですか」と片言の日本語で語りかけてきました。いろいろ話す中で、Mさんが私たちは木材関係の視察団で、と達者な英語で紹介しました。 

 くだんの紳士も日本との関わりを話しました。自分も林業関係で、九州大学で昔林学を教えた、宮崎や秋田にも行った、筑波のクロダとは一緒に仕事をした等、どうもただならぬ成り行きになりそうです。

 そこで「堤教授を知っていますか」と聞いてみました。地元の日本びいきの老紳士と日本からの観光客とのたわいない立ち話が、ここでがらりと局面が変わりました。襟を正して深林での名刺交換の仕儀となりました。

 

 さて貰った名刺には、Dave Cown

 な、なんだって! カウン先生!

 

堤先生のお引き合わせか  

   一瞬総毛立つような気がしました。もうこれは堤先生のお引き合わせとしか思えません。九州大学に集中講義で招聘したのも堤先生なら、南九州の木材工業を案内して回ったのも堤先生(その際当社も訪問)。先述したラジアータパインの解説書「ニュージーランドパインユーザーガイド(堤、黒田監修)」の原著者の一人でもあります。

 改めて名刺をよくよく見ると、かつてのFRIの後継組織SCION、そこのSenior Scientistという肩書になっています。

 道々お話ししながら公園の中を歩きました。お近くにお住まいのようで、公園を出たところの駐車場に車が止めてありました。固い握手を交わし、「お元気で!」。 

 車で出発するCown氏を見送り、私たちは再び山へ。

どこかで道標を見失ったか、それとも正しいコースだったのか、約2時間の彷徨を経てやっと最初の公園入り口に帰り着きました。間欠泉→レッドウッドフォレストのメンバーと合流、皆さんのバスに乗せて貰って無事ホテルに帰還となりました。 

 

 もう一つ密やかな関心がありました。当時は電柱の半分以上が木製(集成材が主)、ガードレールの柱はすべて木柱、羽の部分は鉄と木と半々、街中の交通区分帯に使っているのも集成材の円柱などだったのです。それがどうなっているだろう。

  その結果ですが、ガードレールの柱は今でも多くが木製でしたが、当時半分はあった木製の羽は皆無、そしてずっと車窓から注意深く見ていましたが、あの独特の形状の集成材電柱は全くありませんでした。すべてコンクリート製に変わっていました。                   

 

次号予告

  さかのぼって出発時の成田での大騒動。珍道中の始まりです。

(佐々木 幸久)

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コメント: 2
  • #1

    細田 安治 (土曜日, 16 7月 2016 06:08)

    山佐だより ありがたく拝受
    私も、平成8年に、関東集成材懇談会でニュージーランド訪問しました
    佐々木理事長のレポート(このシーンでは社長かな)。興味深く拝見しました。
    自分のレポートを読み返してみます。
    次回が楽しみですね”

  • #2

    西園靖彦 (金曜日, 05 8月 2016 22:46)

    ニュージ―松は日本では製函材に使われる量が多く、その時の材料が目に付き易いので強度が弱いと想いがちですが、大径材を乾燥して使えばかなりの強度が有る事を知らしめる必要が有ると思った事が有ります。所でニュージーランドでもコンクリート電柱が使用されているのですか。