鹿児島県の木材工業の進展と当社の取り組み

「工業技術」Vol.40 平成11年10月号「地域研究と地域産業<第22回>」


当社は永年住宅向け国産木材の生産供給を行っております。近年加えて大型施設の木造建築にも取り組み、社会の流れのおかげもあって、事業としてどうやら成り立つめどが立ってきました。

我が国では戦中徹底的な戦災を受けたことへの反省から、戦後木造建築を締め出す動きがありました。住宅ではそれでも住み心地や、根強い木造志向などから木造への希求が高く、今でもかなりの比率を木造が占めています。しかし一定規模以上の木造建築は法的に規制され、結果的に公共施設や、非居住用大型建築においては木造建築はほぼ駆逐されてきたと思います。

ところが我が国の様々な木造建築に対する規制は、非関税障壁の一つであると、林業国、主として米国からの強硬な指摘がなされました。様々な経緯を経て、30年以上にわたる木造建築の実質的禁止が、基本的に解除されました。さらにその動きは進行しつつあり、木造だからだめということはなくなりました。少なくとも法規上は他の木造建築先進国とほぼ同等になってきつつあります。


私どもの会社でもこの流れを受け、大型木造建築とその資材である「構造用大断面集成材」の製造に取り組むことになりました。そのときの事業化のコンセプトとして、集成材を作るだけではなく、それを利用する技術、すなわち木造の設計や加工、施工の技術まで当社で修得し、技術もしくはサービスとして提供しなければならないだろうとの考えに達しました。それは永年木造建築が建築されなかったことから、社会にそのような技術・技能、ノウハウが途絶しているのに違いないと思われました。従って材料のみを供給してもニーズが生まれないと判断したからです。

 

しかしながらそのように決め、スタートしたにもかかわらず、当社にとってもこの課題の克服はなかなか大変でした。30年以上の断絶から来る様々なハンディキャップは実に大きく、この遅れを取り戻すのは当時も、そしてかなり改善されてきた今でも容易なことではありません。木材産業界の規模、質両面の遅れも当然かなりのものがあります。より基本的な問題として大学の建築学科で木造建築の研究者がきわめて少ないということも挙げられます。従ってというべきか、木造建築の講義はほとんど行われていない、と聞きます。すなわち我が国では木造建築はないものとして扱われてきたといえます。なお、付記すれば、一部大学の農学部(林産学科)の中で木材の材質、木構造が真剣にかつ辛抱強く研究されてきています。


幸い当県では、鹿児島県工業技術センターが昭和62年、県内のいくつかの試験場を統合して、現在地に新設されており、きわめてすばらしい施設に生まれ変わっていました。人材も充実しており、当時の木材工業部長にも、また工業技術院から出向しておられた所長にも協力を約束していただきました。以来緻密で辛抱強いご指導を受け、また共同研究などを積み重ねてきました。地元はもちろん全国の大学や研究機関のご紹介もしていただきました。これらのご指導、ご協力がなければ現在の当社の事業はありません。

 

ところで私たちは当初国産スギを使って構造用集成材のJAS(日本農林規格)工場の認証を受けましたが、これは当社が全国で初めてでありました。データや実績の多い輸入材(ベイマツ)による方が、認証を得るための作業がはるかに容易と思われました。欧米でベイマツは構造用集成材として大量に使用されており、輸入してそのまま構造用集成材の原材料として使用できます。またJASでは樹種ごとに認証をとることになっており、使われる見込みの少ないスギで取るよりも、後々使う率の多いベイマツで取得する方がビジネス上も有利であることから、はじめ私たちも迷いました。

あえてスギで受けることししたため、随分と実験や試験を重ねたものですが、スギによる認証が知れると全国的にかなり話題となり、問い合わせも相当にありました。これらの経過を経て、また幾多の他の協力も戴いた結果として、鹿児島県の大型木造施設の建築棟数は、ここ数年にわたり、長野県に次いで全国で2位という結果を招来しました。 


宮崎県小林市ひなもり台県民ふれあいの森キャンプ場 杉の木橋
宮崎県小林市ひなもり台県民ふれあいの森キャンプ場 杉の木橋
熊本県小国町小国高校体育館
熊本県小国町小国高校体育館


ここで留意すべきことは、各地で数多く建設された国産スギ利用の施設については、当の自治体がスギと輸入材(主としてベイマツ)の価格差を補填していただいていることです。残念ながら今のところ国産材は、構造用集成材の原材料として、輸入材に対しコスト、品質面でかないません。林業の盛んな多くの地域で、地域林業の振興を願って、あえて現在のコスト差額分を地域の貴重な財源を使って、地域産材を利用する道を選ばれました。産業側の私たちとしては、その想いに感激し、優れた建物づくりに微力ながら協力させていただきました。各地にモニュメントとしての建物がかなり出来てきています。とはいえ、現在の国、地方の財政事情からも、このままではいけないと心に念じています。

 

我が国は工業国の中では例外的に国土面積に占める森林比率の大変高い国で、国土面積3500万ヘクタールのうち2500万ヘクタールが森林です。森林問題は優れて国土問題であるわけです。そして森林の40%の1000万ヘクタールが人工林ですが、人工林の特色は成長が早く、同時に適当な時期が来たら伐採し再造林することによって、森林の健康と活力が維持されるという特性を持っています。

統計によると、我が国森林における木材の年間生長量は、現在の木材需要量の70%にも達するといいます。しかし実際には、木材自給率は20%を切っているのが我が国林業の現実です。輸入材に対し国産材の競争率が低いためです。明治維新以来熾烈な近代化を推進してきた他産業に対して、国産林業・木材産業は、それを経験しないままできました。これに対し諸外国、林業国といわれる国々の林業・木材産業の強さはかなりのものです。その原理を我が国に導入し、国際的に何とか肩を伍す程度には持ってこれないものか。一度工業の視点から林業、林産業にも目を向け、根本的な構造の変革を図る必要があると考えています。

 

「利用(木造建築など)技術をもっともよく知っている木材加工産業、そして木材をもっともよく知っている木造建築エンジニアリング会社」

今まとめている当社中期ヴィジョンにおいてイメージしている当社の将来像です。


環境問題がかつてないほど関心を集めている今、環境材ともいわれる循環型の建築材料である木材は、林業資源として我が国森林に充実しつつあります。この木材を活用して、地域経済に一定の貢献ができる規模の産業集積を作りたいものだと願っています。おそらくそれには農林業のセンスに加えて、工業のセンスと技術が必要かと思うこのごろです。

(佐々木 幸久)