メールマガジン第85号>稲田顧問

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★【稲田顧問】タツオが行く!(第41話)

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「これまでのタツオが行く!」(リンク

41.近況、今年度の活動報告等

 前回までは三菱地所時代に担当した建物の思い出話等を書いてきたのであるが、メルマガの原稿の締め切りが迫る中、今年度助成事業の活動報告、それから来年度の計画の取りまとめに追われており、中々昔の思い出話等に頭を切り替えることができない。良い機会なので今月は、ここ数年取り組んできたことや今年度の活動、それから来年度の計画に纏わる話について少し書いておこうと思う。

 

 私は、11年前福岡大学に転職してから、木質構造を専門分野の一つとして研究活動を続けてきたのであるが、大きな転機になったのは平成25年、山佐木材の佐々木幸久氏にお会いしてからである。佐々木さんのご協力を得て「超高層ビルに木材を使用する研究会」を立ち上げたのであるが、主な研究テーマとしては、「柱梁鉄骨造・床CLT構造システムの開発」であった。CLTと鉄骨梁との接合の問題の他、2時間耐火床システムの開発、当時割高と言われていたCLTのローコスト化など難しいが課題に取り組む内、いつのまにか年月も経過し今日に至っている。

 

 令和元年度までで、CLT床の研究は一段落したという気持ちもあったので、令和2年度は思い切って床から壁に研究課題をシフトすることにした。地震時に床に生じる力は、各階の床質量に基づく慣性力ということになるから、その力のオーダーとしてはそれほど大きなものにはならない。しかし、壁の場合には上階から累積したせん断力が生じることになるから、力のオーダーとしてはかなり大きなものになる。

 

 床も壁も作用する力としては、せん断力と曲げモーメントということになるが、床の場合には力のオーダーがそれほど大きくは無いので、スタッドボルトやLSB(ラグスクリューボルト)等の簡易な接合具で比較的容易に処理できることになる。しかし、壁の場合には力のオーダーがかなり大きなものになるので、例えば曲げは引きボルトで処理し、せん断については別途せん断キーを設けるといった対応を取るのが一般的である。しかし、金物の数が増えると最終の崩壊形も複雑になり、コスト的にも割高になることを私は懸念していた。

 

 特に私たちが開発対象としている建物は中大規模のビル型鋼木混構造(柱・梁鉄骨造、床・壁木質構造)の建物である。そのような建物を設計するのは大型の鋼構造の建物の構造設計を得意とする構造エンジニアである。彼らは鋼構造の設計ルート3(保有耐力に基づく設計)を用いて設計することには習熟しているので、そのストーリーで構造設計ができるCLT耐震壁としたいのであるが、そのためには、CLT壁システムの損傷は接合金物のみで起こり、CLT壁やそれに埋め込まれた接合具(LSB等)では損傷は生じないとする必要がある。 

 

 そのような目論見から開発したのが、図に示すような耐力壁である。接合金物としては角形鋼管をスライスしたものを、また鋼管金物とCLTの接合はLSBを用いることとしている。この金物のみで、曲げもせん断も伝達してしまうというのが、この耐震壁の特徴である。

 

実験と解析を重ねる中で分かってきたことであるが、構造的な性能で見ると、壁材料そのものは木質材料であるが、実験で求まる荷重変形関係等を見ると、鋼材ダンパー等に近い性状を有しているように思われる。

鹿児島県工業技術センターでの実験風景
鹿児島県工業技術センターでの実験風景

 今後の展開であるが、CLT耐震壁の構造性能諸元(剛性、耐力等)は計算で求まるようにしているので、小規模の木造建物(例えば筋交い付き柱・梁集成材構造等)であれば、筋交いをこの耐震壁に置き換えて設計を進めることも比較的容易なはずである。適用対象の間口を広げることで、何とかこのCLT耐震壁を採用して頂ける最初の物件を探し出すのが当面の課題となっている。

 

 さて、来年度の開発計画をどうするか考えていた所、突然大学の研究室の後輩で東京都市大学教授を務める西村功先生から電話を頂いた。早速、近所の喫茶店(結構近くにお住まいなので)でお会いして話をしたのであるが、彼はCLTを免振建物の架台として使えないかというのである。面白いご提案なので、来年度の助成事業で是非提案しようと計画案を考えて居る所である。

  

 床に始まって耐震壁、そして免振建物とCLTの活用分野は徐々に広がることになり、私としては大変に喜ばしいのであるが、免震構造の事を考えている内に日本工業倶楽部会館を設計された横河民輔氏のことを思い出した。横河氏は、濃尾地震の地震被害の調査をされた後、「地震」という書籍を書いておられる。その中で、「地震に抗する構造の方法としては「耐震構造」があるが、むしろ自分は「消震構造」の方が優れていると思う」というようなことを書いておられる。もう少し内容を読み込んでみると、正に現代の免振構造のことをおっしゃっているように読めるのであるが、ネーミングとしては「免振(震動を免じる)」よりは「消震(震動を消し去る)」の方が良いように思う。そんなことを思いながら、来年の計画書を書いているのであるが、未だ暫くは、CLTのおかげで楽しい人生が送れそうである。

(稲田 達夫)

助成事業検討委員会の様子(2021年2月8日 Zoomによるオンライン開催)
助成事業検討委員会の様子(2021年2月8日 Zoomによるオンライン開催)

本号「タツオが行く!」でご紹介している今年度の研究開発について、

木構造振興株式会社主催の成果報告会で発表を予定しています。

この成果報告会は、会場での報告会に加えてライブ配信が予定されています。

・日時:令和3年3月12日(金)10:00~16:15

(弊社の発表は14:05~14:20の予定です)

・場所:全国町村議員会館  2階会議室(東京都千代田区一番町25番地)

 ・お申し込みはこちらからどうぞ!

 https://koushuukai.com/mokushin/202101/