メールマガジン第84号>稲田顧問

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★【稲田顧問】タツオが行く!(第40話)

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「これまでのタツオが行く!」(リンク

40.日本工業倶楽部会館の建築計画(続)

 前報でもお話したように、既存建物は取り壊し全面的に建物を一新するということでスタートした日本工業倶楽部会館の建築計画は、既存建物を保存再生するという方向に大きく転換されることになった。しかしここで忘れてはならないのは、以前にも説明したように倶楽部会館は関東大震災で最も損傷の激しかった建物の一つでもあったことである。

 

 特に倶楽部会館の正面から見て、向かって右に位置するゾーンは、柱の挫滅が著しく、通常の耐震補強では対応は不可能と思われた。倶楽部会館を存続させる唯一の解は、「免震レトロフィット」だと思われた。

 免震レトロフィットについては、阪神淡路大震災直後、既存建物の耐震対策について調査したことがあったが、その際、海外では免震レトロフィットが多く行われていることを知っていた。その後、日本でも例えば上野の西洋美術館、高輪の開東閣など適用例は増えてきている。

 

国立西洋美術館
国立西洋美術館
開東閣
開東閣

 

 

 しかし、内外で行われている免震レトロフィットの工法をそのまま倶楽部会館に適用するのは問題があると思っていた。免震レトロフィットは通常アンダーピニングという工法が用いられるが、この工法は建物の基礎下に作業空間を造り、短い杭を繋いで打設し、仮設の支持機構を設けた上で、免震装置を既存建物の柱下に挿入し、建物を免震化するという工法である。しかしこの工法では既存建物の下部の土はそのまま現地に残ってしまうことになる。丸の内の地下は、地下道や駐車場、地下街等でネットワークが形成されており、建築計画上も地下の利用計画は極めて重要な意味を持つ。その重要な敷地の一部の土が除去できず、地下街として活用できないというのは、建築計画を進める上で致命的になることが予想された。

 

 当時の昼休み、私は丸の内界隈を散歩することを日課としており、倶楽部会館に足を向けることも多くなっていたがそこで、気が付いたことがあった。以前も述べたように倶楽部会館の重要な部屋は向かって左側のゾーンの2階と3階にある。しかし何も無いはずの1階にも窓があることに気がついたのである。聞いてみると昔は機械室として使われていたが、今は何にも使われていないという。あの窓に仮設の鉄骨梁を突っ込んで建物を一時的に支えることができれば、免震レトロフィットは容易に行えるのではないかと考えたのである。

 早速ゼネコンの担当者にそのことを相談してみたのであるが、当初は難色を示した。今まで一度も実績のない工法を丸の内のど真ん中で行うというのはリスクが大きすぎるというのである。彼らは西洋美術館でアンダーピニング工法による免震レトロフィットを経験していたので、それでやりたいというのが彼らの本音であった。

 私としては、地下ネットワークを構築する上での、アンダーピニング工法の問題点を指摘し、この問題が解決できなければ、この工事は再度方向転換をせざるを得ないことを主張した。双方でいろいろなやりとりはあったが、やがて徐々にゼネコンの担当者は、私の考えを理解してくれるようになった。特にありがたかったのは、ゼネコンの現場所長が私の提案した工法を是非やってみましょうと、強力に後押しして下さったことであった。

 

 担当レベルでそのような打ち合わせを進めている一方、日本都市計画学会、日本建築学会は事業者と行政、有力な学識経験者・専門家等で構成される保存再生委員会を組織し、工業倶楽部会館の保存再生の方向性について検討が行われた。委員会が出した結論としては倶楽部会館の大食堂と大会堂の位置する左側ゾーンは極力保存すべきというものであった。それを受けて我々設計部隊が出した解としては、向かって右側ゾーンは関東地震での損傷が激しく建て替えざるを得ないと思われるが、左側ゾーンは損傷が少なく比較的健全であることから、①左側ゾーンは免震レトロフィットにより保存し、②その他のゾーンは解体の後、既存建物と同じ形態に復元するというものであった。その際、①については私の考案した工法を採用することを提案されたのである。

 

保存再生計画の概要
保存再生計画の概要
窓から仮設鉄骨を差し込む風景
窓から仮設鉄骨を差し込む風景

(稲田 達夫)