メールマガジン第52号>社長連載

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★【社長連載】 Woodistのつぶやき(19)

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対馬異聞

 「新潮45」という雑誌がある。世間を騒がせた事件の突っ込んだ分析やノンフィクションが面白くて定期購読している。先月号で述べた対馬旅行から家に帰ったら、この雑誌の12月号が届いていた。その中に「中国・韓国に土下座する地方創生」と言う刺激的な標題の特集があり、その韓国編「もう対馬は韓国なしではやっていけない」という小論文を青森大学教授平野秀樹氏が執筆していた。

 平野氏はかつて林野庁におられて課長時代お目にかかったことがある。有能な技術官僚と高く評価されていたように思う。

 

 この論文の記述によると、外国人による土地買収など島民も当初は非常に神経質だったが、今や大っぴらになり全くあきらめの心境だという。氏はさらに韓国資本が買収した土地や施設が、何かの機会に中国資本に転売される兆候があるという。「ちょうどオセロゲームのように一瞬のうちに対馬の不動産は別の異邦人へ高値で転売される可能性がある。」(引用同記事より) 

 このような危機に対してまだ国としての対応は殆どなされていないという。平野氏は1000年前の女真族による対馬侵攻、750年前の元寇にも言及、これから起こり得る危機に対し、「今後、頼朝、尊氏に続く人物は出てくるのだろうか」(同)と述べている。

 

 半井桃水が対馬の出身と今回初めて聞いた。旧居あとが改築されながらも記念館になっている。対馬が好きで移住してきたというボランティアの女性が「勤王・佐幕の争いの際に100人もの有為の人が殺された」と、昨日のことのように残念がっておられた。 

 またある人が言っていたのは、江戸期対馬藩が国を代表して朝鮮との外交、交易を行っていた。ご維新でこれらの役割が国に帰属してただの島になったとき、それらを担っていた高官や専門家数百人が、藩主家も含めて対馬を捨て東京へ移ったという。 

 こういうエピソードは島を覆う何となしのあきらめ感、無力感があって、そしてそれを良しとせず歯がゆく思っている人たちもいるということだろうか。

 

 ちなみに鹿児島ではこの時期のことを自虐の弁としてこう言う。「気の利いたやつは明治維新で偉くなって東京へ行った。残ったうちで骨のあるやつは西南の役で皆死んでしまった。今残っているのは気も利かず骨もない・・・・」。もちろん聞かされる身は、なにくそと反発も発奮もしたものだが。

 

 我が国では何と1300年前から辺境防備のために、全国から徴募したものたちを防人(さきもり)として壱岐対馬に送り込んでいたという。 

 今自衛隊の駐屯地(陸上自衛隊西部方面隊対馬駐屯地)は置かれている。ただ防人の故事にならっても、恐らくはもっともっと増強するべきだろうし、またもう少し私たちも対馬のことに意を配るべきだろうと強く思った。  


 

おおすみ植樹祭に参加

 さる11月25日、鹿屋市の霧島が丘公園で、恒例の「おおすみ植樹祭」が行われ参加した。様々な行事が滞りなく行われ、錦江湾を見下ろす高台で記念植樹も行われた。少し風は冷たかったが、陽射しは温かく、眺望も最高で気持ちの良い土曜の朝を過ごした。 

鹿屋中央高校の演奏で開会
鹿屋中央高校の演奏で開会
森山代議士の挨拶
森山代議士の挨拶
植林風景
植林風景

錦江湾遠景
錦江湾遠景

 

 お弁当は貰ったのだが寒いし、公園内の食堂で名物の焼きそばを食べて帰ろうと立ち寄ったら食堂は無くなっている。仕方なく駐車場に向かったら、知り合いの市会議員Y女史が声を掛けてきた。挨拶もそこそこいきなりの「山を貰ってくれない?」

 聞くと知り合いの女性の持ち山らしい。高齢で今は施設に入り、とてもとても見に行くことさえままならない、引き継いでくれそうな係累もないので、町に寄付を申し出たが断られたとのこと。 

 Y女史「私も自分の山の管理も満足に出来ないのに、とても人の山まではムリ」、どうしたものかと思っているところに、林業もどきのようなことをやっているらしい私の顔を見て、口をついて出たということのようだ。

 

 その後、当の山を見に行った。旧道から内之浦湾の磯に至る勾配の厳しい広葉樹林で、使い道を思いつけない。当然収入は見込めない一方、何と面積は13ヘクタールもあるので、一定の固定資産税は間違いなく掛かってくるだろう。 

 引き受けを断るのは容易だが、ここまで関わってしまってしまうと、持ち山の行く末を一人思い悩むその女性の心情が思いやられてしまう。 

 「もしこの山を引き受ければ、これから続々似たような話が飛び込んで来るよ」とは、この話を聞いた司法書士さんのからかいか、脅しか。

 地方の過疎の状況はかくも深刻な状態にある。

 

 さあていったいどうしたものやら。その次第は次号にて。 

 (代表取締役 佐々木 幸久)