M田のぶらり旅・山あいに咲く伝説・孤高の大樹「テコテン桜」

 令和2年3月14日 観測史上最も早く靖国神社のソメイヨシノの開花宣言が発表され、22日には満開とのお噂でした。

    しかし、九州南端鹿児島だけは27日になっても開花は発表されていません。「休眠打破」がぼんやりしているのが原因だそうですが、それならこの冬はどこも暖冬だったはずで、少し納得がいかないところであります。地元では、「鹿児島気象台の標本木は遅咲きの性分らしい。」という説がまことしやかにささやかれ始めました。

 ただこの春は、新型コロナウイルスの感染拡大対策で、満開となった桜の名所も花見の宴は自粛をうながされているとのこと。憂さ晴らしもままならないでしょう。

 

 身近なソメイヨシノは並木になると美しさが何倍にもふくらむようで、西の造幣局、東の目黒川あたりがその筆頭でしょうか。

 こちら大隅にも名所と呼ばれる並木がいくつかありますが満開の予想は4月初旬とのこと。薄紅色の雲のような花群を眺めながらそぞろ歩き、楽しみです。

 

 さて、肝付の南、30分ほどドライブした海沿いに岸良というのどかな集落があります。温暖で霜もない土地柄、路地のバナナには花が咲いて実をつけており、ヘゴがすくすくと伸びている。少なからず亜熱帯に近く、休眠打破の話題とは無縁に思える気候です。

 


 

 この岸良集落の山手にテコテンというユニークな名前のついた桜があり、山桜がそろそろ盛りを過ぎるころが見頃を迎えるという話はかなり前から聞いていました。しかし、実際に見たことはありません。その昔、このあたりの首領が地元でテコテンドンと呼ばれる北岳から移植したという伝説をもつ大きな桜を一度は見ておきたい。

 てことで、時間を見つけて南下ドライブ30分。岸良集落に入るとすぐに「テコテン桜」の小さな看板が消火栓の横に立っています。尋ねる人影もみえないのでそのまんま里道を直進、したもののいつしか林道になっていました。5分ほど走ってもなかなかなかなか目的の木が見えてこない。この道で大丈夫かなと不安になりながらも、さらにうっそうとした混合林のガタゴト道を進むことしばし。林が途切れ明るい場所に出たとたん、林道の左下にその巨木が出現しました。

 

 

 山間の段々畑に、純白の裾を四方に大きく広げどっしりと構えるその姿には圧倒的な存在感がみなぎっています。桜と言えば女性的な印象を持っていましたが、この樹の清冽な咲きっぷりからは力強い雄々しさを感じます。

林道に降り立つと、さわやかな花の香りとその花々に群れている虫たちの羽音に包まれました。林道から根もとにおりる小路をたどって樹の下へ。

20m近くある樹高をささえる幹回りは3m強、見上げれば四方30m以上に広がる枝振りのたくましさはまさに圧巻です。樹齢は二百年以上とも伝えられる太い幹の胸高あたりには注連縄、根方には榊と塩、米、酒が供えられ、ご神木として祭られているようです。

近づくと5弁の花びらは純白で、花が大きく開くにつれ花心の薄紅がしだいに濃くなっているのがわかります。山桜の仲間のように葉が先に伸びることはなく、花びらはソメイヨシノに比べるとほんの少し大きいようです。花数も多くボリュームも感じられます。

 

 

 この日訪れる人はわずかでした。もしかするとこの集落のお花見以外でこの桜を見に来る人はほとんどいないのではないかと思われます。いや、地元の人も、かつてこの樹を植えた人も、そしてこの樹自身も、咲かせた花の下に多くの人に来てもらうことを望んでいないのではなかろうかという気もしてきます。ただ咲くのみ。そんな気概を発しているような大樹です。

 それにしても、花のいい蜜に誘われるのでしょうか、蜂や甲虫の羽音、それから、メジロやヒヨドリのさえずりも途切れることがありません。

 

 

 ほとんど訪れる人もいない山間に、真っ白な花を咲かせる孤高の桜。

 このところの鬱々とした気分を一気に吹き飛ばしてくれました。                                   

                                                                                                                                                                                                                   (次はどこかな M田)